英語文献解説

ここでは英語文献表から特に重要なものをピックアップして簡単な解説をします。

Cornwell, Neil, ed., Daniil Kharms and the Poetics of the Absurd: Essays and Materials. 
二ール・コーンウェル編『ダニイル・ハルムスと不条理の詩学: 論文と資料』

ハルムス研究の古典と言ってもよいでしょう。様々な論文が収録されており、いずれも一読の価値あり。

ハルムスの「ミニ・ストーリー」に着目した編集者ニール・コーンウェルの論文を皮切りに、ハルムス文学における不条理を問題にした包括的論文、『出来事』や『老婆』といった散文作品を俎上に載せた論文、あるいは彼の詩作品ないし詩学全般を扱った論文、さらには戯曲『エリザヴェータ・バム』を分析した論文まで幅広く収録され、幾つもの視座からハルムスの創作に照明が当てられています。また、ハルムス作品を題材にしたセルビア映画の分析もこの論文集に含まれている他、『エリザヴェータ・バム』の英訳やハルムスの略歴も掲載されており、1991年の時点において極めて充実した内容になっています。

Jakovljevic, Branislav, Daniil Kharms: Writing and the Event.
ヴラニスラフ・ヤーコヴレヴィチ『ダニイル・ハルムス: エクリチュールと出来事』

ジャッカールらが確立した「不条理文学の先駆としてのハルムス」という作家像を打ち倒そうとした意欲作。著者によれば、ハルムスの創作の特質は「断片性」であり、それが「出来事Event」という表現様式において実現されています。

ハルムスはその創作において、「再現=表象」から「出来事」への交替を志したのだといいます。つまり、イメージや出来事といった何らかの対象を言葉によって「再現」しようとするのではなく、その反対に、言葉そのものを「出来事」にしようとしたのだと。

その「出来事」のなかには、伝えるべき情報などなく、それを理解するのにどんな知も記憶も役に立ちません。それは目的のない、外部と一切関係をもたない、ただの「出来事」だからです。

哲学者、とりわけドゥルーズ(およびガタリ)の著作(『意味の論理学』や『差異と反復』など)をよく参照しているためか、議論が込みいってくることもありますが、著者の提示する「断片性」のイメージはすばらしく魅力的で、ジャッカール以後の画期となる著作といってもよいかもしれません。

Nakhimovcky, Alice Stone, Laughter in the Void.
アリス・ストーン・ナヒモフスキー『虚無の中の笑い』

やはり、最早古典と言ってよいでしょう。ハルムスの初期から後期にかけての全体像が捉えられています。

Roberts, Graham, The Last Soviet Avant-garde: OBERIU—fact, fiction, metafiction.
グレアム・ロバーツ『最後のソヴィエト・アヴァンギャルド: オベリウ――事実、フィクション、メタフィクション』

ハルムスのみならず彼に近しい詩人たちの創作も検討されています。