ヴァーギノフ『スヴィストーノフの仕事と日々』

「レーノチカ」彼は言った。「短編を読んでくれ」

彼はその他の新聞の切り抜きを短編と呼んでいた。

レーノチカは肘掛椅子から立ちあがり、モロッコ革で装幀された冊子を手にすると、ぱらぱらと捲りはじめた。

「仕立屋の話を」スヴィストーノフは頼んだ。

それは短編33番だった。

 

短編33番

「実験小説家」

 何かを書く前には、書かれることを自ら体験せねばならない。

この原則を信奉しているのが、仕立屋ドミートリー・シチェーリンである。彼はもう約2年にわたり、現代生活の惨状を満載した「現代生活の小説」を書いている。

2ヶ月前、シチェーリンは主人公の服毒自殺未遂で小説の一章を終わらせなくてはならなかった。

このためシチェーリンは自殺者がいつも味わう苦しみを自ら味わいたいと考えた。

彼は毒を入手し、あおり、そして意識を失った。シチェーリンは部屋からマグダラのマリア病院に搬送され、およそ2ヶ月をそこで過ごした。

回復すると、シチェーリンは再び「小説」の続きにかかった。

今度は入水自殺を図った者の感覚を主人公が味わわなくてはならなかった。

本日の深夜2時、シチェーリンはトゥチコフ橋からマーラヤ・ネヴァ川へ身を投げた。

折よく河川巡査と橋番が溺れている人間に気づいた。彼らはシチェーリンのほうまでボートを漕いでゆき、彼を水から引き上げた。

「実験小説家」は意識不明の状態のまま再度マグダラのマリア病院に搬送された。朝になって彼は意識を取り戻した。

これでまだ終わりではありません。今度は皆がどうやって列車に身を投げているかを味わわねばなりません。そのときこそ私の小説のあらゆる現象がリアルにも、そしてありありと感じられるものにもなるでしょう。

仕立屋小説家の置かれた状況は深刻である。

 

「このさき読む?」レーノチカが訊いた。

スヴィストーノフはこっくり肯き、目をつむった。

 

 

(ヴァーギノフ『スヴィストーノフの仕事と日々』より)