スラヴ文学館

スラヴ文学館へようこそ。ここでは、日本語で読めるスラヴ文学(ロシアと東欧・中欧諸国の文学)をテーマ別にご紹介します。ただし、このたび設けたテーマ群は、掲載すべき作品を決定した後に便宜的に囲い込んだ柵としての要素が強いことを予めお断りしておかねばなりません。選考につきましては、多くの作家を登場させるべく、なるべく「一作家一作品」を心掛けました。もちろん全てを網羅できる筈はありませんから、あとは各人で館の更なる深部へとお進み下さることを願っております。
(作成は2007年以前であることをお断りしておきます。)


一階
<ユートピア>

 ここでの「ユートピア文学」の基準は以下の通り。①ユートピアと明示されている ②どこにもない場所が措定されている ③②の場所の理想的な面が直接的もしくは間接的に書き手・登場人物により主張・前提されている  ①または[②+③]の二つの場合に、それを「ユートピア文学」と仮定しました。ユートピア文学はしばしば諷刺と分かち難いため、それと認めるに躊躇するケースもありましたが(例えばジノヴィエフ『カタストロイカ』やシチェドリン『ある都市の物語』など)、多くの作家を紹介するという観点から、篩い分けを行いました。
ロシア・東欧におけるユートピアは、沼野充義『ユートピア文学論』に詳しいので、興味のある方はそちらを参照されることをお勧めしますが、本稿はその解説を念頭に置いて十作品を選んでいるため、これらを実際に繙く際にもそれを座右に置かれると理解が深まると思われます。
 なお、リストの配列は意味上のまとまり毎に工夫したつもりですが、厳密ではありません。決してランク付けではないので、ゆめゆめ勘違いなさらぬよう。それは後続のテーマ群でも同様です。
 さて、ドストエフスキーは幾つかユートピア文学を著していますが、『未成年』にもユートピアが描かれます。「黄金時代の夢」がそれです。ドストエフスキーはこうしたユートピアに加え反ユートピアも描いた作家ですが、二十世紀は後者が多く書かれる時代となります。その代表選手がザミャーチンです。一方、一九一七年のロシア革命に初め共鳴した未来派の作家たち、特にマヤコフスキーとフレーブニコフの詩にはユートピア幻想が垣間見えます。けれども時代が下り、コワコフスキ以下三作品には、その二元的対立を超えた「行き着けないユートピア」という概念が現れてきます。社会主義という巨大なユートピアが所詮虚妄に過ぎないことが次第に明らかとなり、遂にソ連が瓦解する二〇世紀後半、これらは出現するべくして出現した小説と言えます。結局、ユートピアは「自分の王国」(ヨゼフ・チャペック)としてしか今後見出され得ないのか、お伽噺のように?

ドストエフスキー『未成年』(新潮文庫)
マダーチュ・イムレ『人間の悲劇』(審美社)
チャヤーノフ『農民ユートピア国旅行記』(晶文社)
マヤコフスキー『ミステリヤ・ブッフ』(『現代世界演劇2』白水社)
ザミャーチン『われら』(岩波文庫)
ブリューソフ『南十字星共和国』(白水社)
ジノヴィエフ『カタストロイカ』(晶文社)
コワコフスキ『ライロニア国物語』(国書刊行会)
ヴェネディクト・エロフェーエフ『酔どれロシア、モスクワ発ペトゥシキ行』(国書刊行会)
ヨゼフ・チャペック『私についてのお伽話』(『文学の贈物』未知谷)

<芸術か幻惑か>

 芸術を前景化しているテクストの中から選びました。結果、幻想文学の趣を帯びたものが多くなっています。最初の四作品は絵画を主題化していますが、グリーン『水彩画』を除けば全て怪奇的色彩が濃いものばかりです。次の四作品は音楽を扱っています。このジャンルには語り手の目に映る(しばしば卑俗な)現実を描いた小説が多いのですが、『ヴィオラ弾き…』の舞台は異界にまで及んでいて壮大。また、『アド・アストラ』は「完璧な小説」を巡る寓話的短編。『ディフェンス』はチェスのプロである主人公の成長と狂気がかなり巧みに綴られており、色々な面でナボコフらしさのよく現れた好著です。

レールモントフ『シトース』(『ロシア神秘小説集』国書刊行会)
ゴーゴリ『肖像画』(岩波文庫)
アレクセイ・トルストイ『カリオストロ』(『怪奇小説傑作集5』創元推理文庫)
グリーン『水彩画』(『消えた太陽』国書刊行会)
コロレンコ『盲音楽師』(岩波文庫)
エリン・ペリン『夏の日』(『筑摩世界文学大系93』筑摩書房)
ベルベーロワ『伴奏者』(河出書房)
オルローフ『ヴィオラ弾きのダニーロフ』(群像社)
ムロージェック『アド・アストラ』(『象』国書刊行会)
ナボコフ『ディフェンス』(河出書房)

<暗黒と死>

 ロシア文学と言えば、暗い、憂鬱、重々しい……等々のイメージが先行しがちですが、実際にはその典型的なテクストの数は案外少ないものです。とはいえそういったものを読めば、ロシア文学を読んだ気になるのもまた確か。そこで、広く知られているドストエフスキー以外の小説から六つだけ、とびっきり暗鬱な小説を特別にご紹介。
 いずれの作家も暗澹とした作品を多く著していますが、とりわけシチェドリンの『ゴロヴリョフ家の人々』はロシア文学史上最も陰惨な小説と言われているそうです。「の、のろいますゥ!」が印象的。
 この中では『小悪魔』が他とやや毛並みが異なります。著者のソログープは退廃的な作品を書いたと言われますが、しかしその一言で片付けるには余りに繊細で見事な小説をたくさん残しています。確かに『小悪魔』は黒い縁取りがなされていますが、点綴されるエロチックな少年少女のエピソードは、この作家特有の筆致の効果も相俟って、小説に妖しい色を醸しています。死とエロスと幻想とが巧みに交叉する彼の物語世界は、背筋が寒くなる程に魅力的。谷崎潤一郎の小説に若干似通っているところがあるかもしれません。

シチェドリン『ゴロヴリョフ家の人々』(岩波文庫)
アンドレーエフ『霧の中』(『世界文学全集60』集英社)
ゴーリキー『幼年時代』(岩波文庫)
ソログープ『小悪魔』(河出書房)
レーミゾフ『第五の悪』(白水社)
ペトルシェフスカヤ『時は夜』(群像社)

<エロス>

 ロシア文学に性愛表現がないというのは嘘です。
やっと十七世紀半ばにリヨンで出版されたニコラ・ショリエ『アロイシアとシガエア』をポルノ文学の嚆矢とみなしたところで、成立は四千年以上前と言われる世界最古の叙事詩『ギルガメシュ』においてエンキドゥが女と交わることによって「人間化」したことを想起すれば、あるいは紀元前に書かれたアリストパネス『女の平和』が性行為を巧みに文学の題材たらしめていることに想到すれば、そもそも人間と性愛と文学との関係は緊密にして甚だ良好であってただロシア文学のみがその例外に独り置かれ言わば蚊帳の外に放り出されているという状況には到底得心できない……と、やや熱が入ってしまいましたが、やはり、存在するわけです。
 挙げたものは全て、エロスを中核に据えたテクスト群ですが、『天国の門』は今回開示する当館のテクストの中でも三指には入る奇抜さ。約二百頁の本書で、句点が最後の頁まで打たれていない、読点とダッシュのみで、物語は巻物を転がすように進行してゆきます(この中で唯一ホモセクシュアルを扱っていることにも注意)。一方トルストイは頻りに禁欲を布教し、また『ポルノグラフィア』では倒錯的な欲望が加速する妄想と交じり合いながら破滅へとひた走ります。『自習』はほとんどアダルトビデオの脚本かと錯覚する内容で、これを読んだ後は、チャペックが冷徹に綴ったエッセイ『低俗的エロス』でかっかする頭を冷やしましょう。

アンジェイェフスキ『天国の門』(河出書房)
ソローキン『自習』(『愛』国書刊行会)
レフ・トルストイ『クロイツェル・ソナタ』(新潮文庫)
ゴンブロヴィッチ『ポルノグラフィア』(河出書房)
カレル・チャペック『低俗的エロス』(『未来からの手紙』平凡社)
『ロシア滑稽譚』(筑摩書房)

<戦争>

 大著『戦争と平和』は作者の戦争論さえなければこの上なくおもしろい読み物になっていたはずが、次第に挿入されることの増えてゆくこの退屈極まる哲学談義によって、物語の流れは暫し中断され、読者は否応なく色褪せた現実へと押し戻されてしまう。という憤懣さえ抱かなければ大変に魅力的な書物です。この大局的な大歴史絵巻に対し、他四つの場合、作家の視座が一個人のもとへ、平民の目線にまで降りてゆきます。その点では『戦争と平和』と対蹠的ですが、総合すれば、戦争の代行者も被害者も結局のところ名もない人々だということが諒解されます。

レフ・トルストイ『戦争と平和』(岩波文庫)
ガルシン『四日間』(『ガルシン傑作集』新潮文庫)
バーベリ『騎兵隊』(『世界の文学28』中央公論社)
ヤセンスキー『主犯』(『現代ソヴエト文学18人集1』新潮社)
オクジャワ『少年兵よ、達者で』(『現代ソヴエト文学18人集3』新潮社)

<笑い>

 ロシアにおいて笑いの世界というのはなかなかに豊穣なのですが、一般に紹介される機会の少ないことが残念です。そこで、優れた研究文献として、次の二点を紹介したいと思います。中本信幸「ロシアの笑い――ユロージブイからチェーホフへ――」『笑いのコスモロジー』、リハチョフほか『中世ロシアの笑い』。
 チェーホフはその創作活動の前期において紛れもなく笑いの文学の代表選手でしたが、後年、著作からそのはじけるような輝きは次第に薄れ反対に陰影が濃度を増してゆくように見えます。しかしながら、晩年の四大戯曲にもやはり笑いは潜伏しており、時折り頭を覗かせては読者を思いがけず哄笑の滝壷へ突き落とすのです。ハルムスはナンセンス文学の旗手。極々短い掌編を手掛けています。挙げたのは赤毛の話。ドヴラートフは、重さを感じさせない作家で、軽妙で一見ひとを食ったような物語を多く創作しています。

ゴーゴリ『検察官』(岩波文庫)
チェーホフ『ワーニャ伯父さん』(新潮文庫)
ハルムス『水色のノート第十番』(「オベリウ」『永遠の一駅手前』作品社)
ドヴラートフ『かばん』(成文社)
『ロシア小話 アネクドート』(東洋書店)

<自然>

 文学における自然と言えば伝統的なテーマだけに却って議論が錯綜しがちですが、ここでは単純にロシア的自然環境がテクストによく立ち現れているものを取り上げました。農民の暮らし、ステップ、森林、マロース(厳寒)、妖精などです。もっとも、マジェラニッチはクロアチアの詩人です。

ツルゲーネフ『猟人日記』(新潮文庫)
チェーホフ『曠野』(『チェーホフ全集7』中央公論社)
マルシャーク『森は生きている』(岩波書店)
プリーシヴィン『森と水と日の照る夜』(成文社)
マジェラニッチ『ストリボールの森』(『文学の贈物』未知谷)

<空想と奇想>

 端的に言えば、「かわった小説」が集まっています。『空想の王国』は高密度で読み応えのある文章で構築された小品、『恋』は比喩による異化作用が見事に主題と結び付いた佳品で、『愛』という題名の邦訳(晶文社)もあります。『リュビーモフ』は空想から創造された都市が舞台の一種のユートピア文学、そして奇々怪々な『ザリガニの…』、末尾の『青白い炎』は詩人と王国に関する長大な「狂想曲」と言えるかもしれません。なお、『青白い炎』は英語で書かれていますが、このバイリンガル作家の場合は事情がやや特殊なため、特例として当館が所有しております。

シュルツ『空想の王国』(『ブルーノ・シュルツ全集Ⅰ』新潮社)
オレーシャ『恋』(『ソヴェート文学』八九号)
シニャフスキー『リュビーモフ』(『シニャフスキー幻想小説集』勁草書房)
テフィ『ザリガニの鳴いたときに』(『ロシアのクリスマス物語』群像社)
ナボコフ『青白い炎』(ちくま文庫)

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二階
スラヴ文学二十五選

 有名無名長編短編小説戯曲お構いなく、筆者の好みで選ばせて頂きました。あえて奇を衒うことをせず、文学史の知識を撥ね付け、日本語で読んで真に興味深かったもののみ掲載しました。結果としてここにはロシア文学の精髄である詩は殆ど含まれておりません。また、一階に所蔵されている作品の再度の収蔵も避けています。
リストの順序につきましては、最初の十作品を特に優れているとみなした他は、深い意味はありません。

チェーホフ『三人姉妹』(新潮文庫)
パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』(新潮文庫)
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)
レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』(岩波文庫)
ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(群像社)
ソローキン『ロマン』(国書刊行会)
ペレーヴィン『虫の生活』(群像社)
ヴァムピーロフ『去年の夏、チュリームスクで』(群像社)
パヴィチ『ハザール事典』(東京創元社)
アナトーリイ・キム『リス』(群像社)

プーシキン『オネーギン』(岩波文庫)
イスカンデル『チェゲムのサンドロおじさん』(国書刊行会)
グリーン『輝く世界』(沖積社)
パウストフスキー『雪』(『ロシア短篇24』集英社)
ダニロ・キシュ『死者の百科事典』(東京創元社)
ゴーゴリ『外套』(『ソヴェート文学』八七号)
イスマイル・カダレ『夢宮殿』(東京創元社)
カレル・チャペック『ロボット』(岩波文庫)
ベールイ『回帰』(『現代ロシア幻想小説』白水社)
クンデラ『存在の耐えられない軽さ』(集英社文庫)
アイトマートフ『処刑台』(群像社)
クリセオヴァー『生まれそこなった命』(『東欧怪談集』河出書房)
ヴヴェジェンスキー『イワーノフ家のクリスマス』(『あず』四号)
ストラチエフ『ローマ風呂騒動』(恒文社)
スタニスワフ・レム『完全な真空』(国書刊行会)

以上、スラヴ文学七十七選

スラヴ文学館へのまたのお越しをお待ちしております。

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